ジブリ実験劇場「ON YOUR MARK 」にみる私達の道⑤

ニュース体験.jp / 社会 , / 公開日:2015/07/30

『正義とは何なのか? 巨大宗教団体とそれを抹殺する警察たち』

場面は地下都市へ。見事なムービーで繰り広げられる地下都市からは限りなく科学技術が発達した上での地下都市である様子が伺えます。我々から考えたら数十年以上先くらいの進歩を果たした末の街の姿かもしれません。POLICE と書かれた警察飛行船が複数、地下都市を飛び一つの巨大ビルに行き着きます。それは「聖NOVA’S」という教団のビル。ビルの上にはGOD IS WATCHING YOU(神は見ている)とのこと。この教団は何なのか。

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ここでは先に続ナウシカ解釈を論じたほうが良いでしょう。

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[続ナウシカ解: 聖NOVA’S の目のビジュアルが風の谷のナウシカで出てくる「土鬼王朝」に限りなく近いのは事実なので、ナウシカの続編と考えればあの「土鬼王朝に科学技術を提供し続けた教団」の生き残り、存続のための集団ということになります。シュワの墓所の管理者達であったあの教団は新人類のための世界の浄化と再建、そのための技術移転が生き続ける目的であったため、仮に新人類がON YOUR MARK 内でも実際に地上でその世界を築いていたとしたら、普通に地上に人が住んでいるはずです。しかし農耕と歌を歌うのみである“完全に平和が約束された民族(目的が決められた生命)”が原発を作るのではシュワの墓所の技術自体をわざわざ疑わなければならないので、やはり見えている地上の世界は新人類が築いたものと言うよりは、旧人類がなんとか腐海と共に生き続け、そしてもう一度緑を産み、街を作ったと考えるのが良いでしょう(墓所の目的はナウシカのラストの通り、果たせなかった)(巨大建物=墓所としての解釈を捨てているのは既述の通り)。そして長い年月の中で、またおろかな人間は、同じことを繰り返し始めている。
聖NOVA’S は再度新人類を作ろうという、シュワの墓所の教えを継ぐ教団として活動していたのかもしれません。そして教団員もその後の世界で生きれるよう、ビル内は墓所が行うはずだった清浄後の空気というのを人工的に作って入れていたかもしれません。もしかしたら卵も。]

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さて戻りましょう。監督の言葉を借りれば宗教は「アナーキー(無秩序)な世界において人がすがるものの一つ」としての存在です。実際、非常に世の中にとって大きな力を持つくらい蔓延した存在になっていることがビルの大きさからしても伺えます。NOVA はいわゆる「新星」、新しく発見された星という意味ですが、教団の信念は「新しい星(世界)を手に入れよう/作ろう」とでもしていたのでしょうか。いずれにせよ絶望から何らかの方法で救うというようなものでしょうが、後でも記す通り警察から激しく弾圧、壊滅させられる程ですから、この世界観の中ではかなり「害悪」として捉えられているものだったのでしょう。私の解釈を記しますと、聖NOVA’S は「新しい世界を作ろう」という信念で活動していた。その経典となる中身は、今の人類を生き方を否定することから入り、汚染は神から頂いた修行機会(苦行)にあたり、汚濁ではなく光である。それを体に取り入れ耐え抜くことにより新しい姿となる(清浄も汚染もないという中庸の生き方)、そうなることで新しい世界を築く、地上に戻り生きるということに繋がる、そんなことではないでしょうか。

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おそらく何が害悪と捉えられたか、問題だったかといえば、他者の否定(信者で無い者は新しい星に不要、障害だとして殺害したり。本来の宗教に必要のない武器などもかなり備えていたことがムービーからも伺えます)や、奇行(放射線を光と言い換え信者に様々な宗教行為実践、さらには放射能汚染後の人体実験まで)を強要させてきた等々かもしれません。実際に教団ビルに乗り込んだ警察隊は皆なにか厳重な防護マスクのようなものをしていますが、単に銃弾を防ぐと言うよりも呼吸機のようなものが装備されていることからも、放射性物質が舞っている、もしくは放射能を持った何かが存在するだろうビル内の空気から身を守るような装備であることが確認できます(チェルノブイリ外周の検閲所も前はこのようなマスクをしていました)。いずれにせよ少なくとも今地下都市で住む多くの人間達(もしくは政府)にとっては「気味の悪い」「人間を苦しめ誤った方向へ導いている」ものだったのでしょう。

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なお、このムービー制作の前年には松本サリン事件を引き起こしたオウム真理教事件が起こっており、新興宗教によって終末論が喧伝されていた時期でした。実際制作した宮崎駿監督としてもなんらかの影響、もしくは伝えたいメッセージを込める上でこのような宗教団体を用い、そしてどちらかといえばネガティブ、アンダーグラウンドな存在として設定したように思われます。さて、警察が複数飛行船に乗って聖NOVA’S のビルに乗り込みますが、その乗り込み方は相当乱暴です。ビルのガラスを突き破り、そして対話も無く銃を撃ち放し手榴弾を投げ、次々と殺して行きます。教団も応戦していますが力の差は圧倒的な模様。やり方から考えても初めから人を殺して良い前提に立った乗り込み方です。無差別殺人と言う感じです。(もちろん、飛び込む直前のシーンでは教団ビル室内からの視点になり、相当数の教団員が銃を持って構えているところを見ると、教団側も武装集団であり、そしてまた一戦交えることを前提としていることが分かりますが)さらに戦いの後には生存者がひとりも残ってないか確認しているあたりも、任務は全滅だったのでしょう。

教団が全滅。ひとりも生存者がいないかどうか遺体を確認しているシーンの中に教団の被り物のようなもの?が外れた顔が見えるところがありますが、まだ若い青年のように見えます。この青年は即抹殺されるようなことを行った張本人なのでしょうか。それとも教団の教えにまっすぐであっただけで、もしかしたら無差別に殺されるような罪までは無かったかもしれません。もちろんそれを解釈できる材料は全くの不足なのですが、監督があえて普通の青年の顔を使用し、いかにも悪人顔というものを使用しなかったことからも、「正義とは何なのか」「本当に自分達が正義で、相手が悪なのか」そういったことを立ち止まって考えなければいけないというメッセージのように感じます。

しかしこのような皆殺しと言う厳重な取締りなら、少なからず大衆から批判が来そうですが、ムービーの先を追ってみてもあまりそういう感じではなさそうです。これは監督が「アナーキーになっていく一方で体制批判にはものすごく保守化しているのでは」という考えからも、そういう世界にしていたと思います。だから小さな存在が何か体制に対して出来ることなど、なかなか無いのです。例え間違っていると思ったとしても。(※教団襲撃にて死んだ青年、政府にただ少女を差し出した2人 等)

ちなみに、宗教は過去の歴史を見てみても、人間たちがその時代に直面していた何かの苦境に救いを求めるために人間が生みだしたものです。これから先の未来においても、様々な苦境が生まれるでしょうし、その中で生きる希望を見出すために、信仰によって救いを求めることもあると思います。それ自体は決して善悪なく、自然なことかもしれません。たまたまこのムービー内では90年代当時のオウムの印象もあり、宗教団自体がネガティブな立ち居地に置かされていますが、宗教=常に怪しいもの と解釈するのは大きな誤解です。ここで伝えたいものは、希望のための信仰が、誤った方向へ導くようなことがあってはならない、また考えが違うからということだけで排除するようなこともあってはならない(宗教戦争の意も含んでいたように思います)、ということだと考えます。

論語にある「人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患うるなり。」です。(相手が自分のことを理解してくれないと憂うよりも、自分が相手のことを理解できているかを問いなさい、ということ)信仰については、それを自分の意思で冷静に確かめる目や考えを持つこと、場合よっては理解することも必要なのだと思います。理解した上でやはり考え方が異なろうとも、違いを認識したうえで共生できればそれが良いと思うのです。

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